クローズアップ源内

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張り合いとか生きがいの話

先月のはじめごろ、83歳の祖母(以降『ばあちゃん』)が転倒して腰を痛めてしまいました。遠方の親戚の家にいった際、慣れない環境でミスってしまったようです。

 

そしておよそ1ヶ月の入院期間にリハビリを経て、めでたく昨日退院することができました。今後、杖は手放せなくなるでしょうが、少しずつ元の暮らしに戻れたらいいですね。

医師や理学療法士の方からは、回復の早さに驚かれたそうで、医師らいわく『これまで畑仕事をしてしたことや、家事をこなしてきたことが、体の予備力を保っていたのではないか。』ということでした。

ばあちゃんは特別な運動をしてきたわけではないけれど、畑に出て農作業をすることや、家族の留守を守り家事をしてきたことで、身体機能を維持できたのだと思います。

しかも、こういった動作や習慣で維持できるのは運動機能だけではありません。物事を覚えたり、理解するといった認知機能を保つことにもつながっていたのです。

畑で野菜を作るには、土の状態や天候などを把握したり、タネをまいたり苗を植える時期を見極めたりすることが必要です。もちろんそのあと、成育具合を観察していくことだって欠かせません。家事にしても、料理の作り方やゴミ出しの日にち確認、電話や来客応対など頭を使う場面が多いこと多いこと。

こんな風に、自然なかたちで体と頭を使いながら、ばあちゃんはいきいきと暮らし続けてこられたのだと思います。

 

一方で私の母は、祖母が危なくないように、退院後は何もさせないつもりでいたようですが、それは断固阻止していきます。

確かに、年寄りに何もさせず自分たちでやってしまえば、危なくないかもしれない。何かをやめさせたり、彼らから何かを取り上げることは簡単です。でも、何もしなくていいような日々が続けば、使わなくなった体と頭は急速に衰えていくでしょう。

事実、ばあちゃんの入院生活はハリのない日々で、『食事を作る必要がなく、掃除や洗濯もしなくていい。その日のリハビリが終われば何もすることがない。疲れもしないから夜は眠れず昼間ウトウトする。やることがないからやる気も出ない。』と回想しており、これが続けば人間どうなるかは想像に難くないですね。

『不活発化による筋力低下→転倒による怪我や骨折→さらなる活動量低下で認知機能も低下』という最悪なスパイラル。大事をとって、良かれと思った行為が、のちの介護負担につながりかねないわけで、これは避けたいものです。

だから逆に、日々の中にちょっとしたことでも役割を持ってもらうことがいいと思います。簡単なことでもやってもらえば、その行為がうまく続けられているかどうかを観察することができるのです。本人が何もしない状況では、頭と体の変化をよく把握することはできっこないですからね。

役割や張り合い、生きがいって大事なんですね。それが自然と自身の心や体を支えてくれるし、一緒に暮らす家族をも支えていくことになるからです。

大好きなばあちゃん。

また手ぬぐいを被って元気に畑に出る姿を見せてほしいです。

私もケアマネの端くれとして、親代わりに面倒を見てくれたばあちゃんのために知恵を出していきたいと思います。

まとまりなくツラツラと書きましたが、最近はこんな出来事があったんですよ。はい。

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